根も葉もある嘘八百

光れ 光れ その先に何があっても

無題

なぜだか昨日から松本くんのことを思い出していた。いつか嵐ではなくなっても、松本くんはエンターテイメントの世界に居続ける人だろうから、蜷川さんみたいに素敵な演出家になるかもしれない。おばあちゃんになった私は、そしたらその時、しわくちゃの手で「ずっとあなたが光でした」って言いたいなって、中学生の時からぼんやり思っていたことを、仕事の帰り道に思い出して、車窓を見ながらちょっと、涙を流していた。

そんな未来はきっと遠いだろうけど、いつかはくるんだろうなって、思っていた。

なんとなく、いっぱい思い出すことがあった。ツアーはどこにいきたいかな、初めてコンサートにいったときは、高校帰りに制服着替えて、田舎から横浜まで急いだんだっけな。あのときは松本くんの誕生日で、おめでとうって声を出すのがすごく幸せだったこと。トロッコにのってきたニノが、ピースを返してくれたような気がして、こういう幸せな勘違いをファンサっていうんだって心にしまってたこと。

雨の国立でまた誕生日をお祝いして、でもほんっとに雨がひどくて、お気に入りの靴がくたくたになってしまったしウォークマンも浸水しちゃったけど、今でもとってあること。

ナラタージュの雑誌のインタビューで、「最初は恋愛ものと聞いたときあまり気持ちが動かなかった。だってキラキラしたラブストーリーは自分は十分やったし、今やるべき後輩たちがいるから。でも、監督の話を聞いてやりたいと思った。」みたいなお話をしてくれたこと。そうやって時間が少しずつ経つことを認めながらも、体絞って道明寺司を再現してくれたこと。

思い出なんて数えきれない。五人みんなに溢れてるし、嵐をきっかけに会えた人との優しさだって。ありがとうしか言えないけど、まだツイッターは見れずボーッとしてる。

あの世界とこの世界と唾をはく外国人

本当に突然ですがキンプラアメリカへコウジを訪ねたヒロさまのお話をします。

速水ヒロにアメリカで唾をはく外国人いるじゃないですか。あいつ許せないよねって話に友達となったんですけど。許せない以上になにも言えなくて息とまっちゃうなと思って。

だって彼からしたらふらふらあるいてる眼鏡のにーちゃんなんですよ、あの方法がマナーとしてどうかは置いといてなにぼさっと歩いてんだよと言いたくなるくらいには頼りない。

あの世界で唾をはかれる速水ヒロをみたら、怒ると言うより胸を痛めることしかできない。あの世界では不確かな目情が出るくらいで、審議も唾をはいた男の顔も絶対わからないんだけど。

ちなみに、あのアメリカ人を抹殺できるとしたら、速水ヒロが憔悴失踪してることをいち早く知りひそかに追っ手を派遣し、全米デビューしたときにも遠くから情報収集だけは欠かさない法月仁だ。あの世界で全米デビューした速水ヒロが、あの唾をはいた外国人を無限ハグすることでこの問題は解決するけど、そのときカタルシスを感じられるのは法月仁しかいない。

速水ヒロはあのとき、唾をはいた人の顔は覚えていても観客になったアメリカ人の顔を認識しないし、アメリカ人はよもやたまたまふらついてた眼鏡のにーちゃんがあの地球を染め上げた、速水ヒロだなんて思いもしないだろう。

そして法月仁は速水ヒロが王になって眼鏡かけたってアメリカの街をゆうゆうと歩けないくらいになったとして、そのことを表に出して喜ぶことは決してない。

結局今日もこの世界の黄薔薇として速水ヒロの幸せを願うことしかできない。

35歳のあなたへ

松本潤さん、35歳のお誕生日おめでとうございます。

12年前の今日、私は初めて嵐のコンサートに行きました。

アイドルのコンサートというものに行くのも、その日が初めてだった。

その日は平日で、ド田舎の学校から親に手伝ってもらってトイレで着替えて、横浜アリーナまでそわそわしながら電車に揺られていったことを今も思い出します。

今じゃいろんなGのコンサートに行っちゃうし、そもそも嵐に一年に一度も会えないことも珍しくないけれど、高校生のお小遣いの中ではコンサートなんて年に一度のとびっきりの大切なお祭りでした。

この世に本当にこんなに格好いい人たちがいるんだ!

今、アイドルは神様だとか舞台の上の人間じゃない人間だとか、回りくどいことをつい言ってしまうのとはまた違って、地続きの世界の中で生きる、とびっきりの格好いい人、それが私が初めて見た嵐だった。

24時間テレビを見ながら、私の人生を変えた人は誰だろうと考えたら、それは松本くんでした。貴方に出会っていなかったら、こんなにアイドルを好きになることもなかっただろうし、いろんな楽しみを派生して知って、人生が豊かになることもなかったと思います。たくさんの場所に出かけたり、友達が増えていくことも。

 

両手いっぱいのきれいな景色を見る旅に連れ出してくれてありがとう。

今じゃバインダーを、メモ帳を持って後輩の晴れ舞台に足を運び、自分の培ったことを人に伝えるところにまで輝いていて、それだって、いいことを言われるばかりではないだろうに、そうやってまっすぐにエンターテインメントと向き合う姿が好きです。

 

「歌って踊れることは有限だと思っている」そうカメラの前で言い、嘘がつけない不器用なところも、大好きです。

その有限に、もうしばらくついて行かせてください。

キミが沢山の幸せに囲まれた日々を、どこかで過ごしていますように。

愛は地球を救うだなんて

(このブログは武道館で24時間テレビの観覧をした帰りの電車で書いています。)

 

愛は地球を救うだなんて、信じられるほど素直じゃない。

 

だけどチャンスを掴もうとする青年たちを見て、頑張れ、と言わずにはいられない。

「負けないで」を歌いながら、ステージの階段を丁寧に、真っ直ぐ前を見て降りる5人を見て、頑張れ、が頭でこだまする。

 

わずかな移動のタイミングで客席に手を振ってくれたマリウス葉くん、どの歌にも笑顔で、両手を思いきり叩いて身体いっぱいで空間を楽しんでいた松島聡くん、CMのたびに真剣な顔で台本をめくり、常に次のことを考えていた佐藤勝利くん、チャレンジする子供ときちっと目線を会わせ、開始すぐスタジオから離れた現場で番組の意志を強く表した菊池風磨くん、モニターから穴が開くんじゃないかという勢いで、すべてのVTRに真剣に見入って、リアクションし続けていた中島健人くん。

 

彼らの真摯な向き合い方が花開く時は、確かに来る。

 

番組終了後の羽鳥アナウンサーから挨拶

「ここにいる方はSexy Zoneのファンの方がほとんどでしょうけど、皆さんが静かにご協力してくれたお陰でスムーズに進行できました。ありがとうございました。」

泣かず飛ばず立った嵐が、深夜番組でタイムカプセルを埋める時を見ていた彼がそういうのは、きっとSexy Zoneのファンへの優しさだろう。

でもそこにいやいや、と軽く首を振り、後から「Sexy Zoneのファンではない人も、おじいちゃんおばあちゃんも、これから僕たちの虜に、セクシーグランドファザー&セクシーグランドマザーにして見せます!」と中島健人くんが言った時に、あぁこの人たちは大丈夫だ、と確信した。相変わらずの言い回しなことで、却って笑いながらも泣きそうになった。すかさず突っ込む勝利くんからも自分からどんどん動ける自信がついたことが伝わった。

 

愛は地球を救うなんて、簡単には信じない。でも爪痕を残す方法を一つだって逃さない力は、アイドルにいや、表にたつ人間には必須だ。過去でご飯は食べられない。

チャンスと闘う彼らに幸せが降り注ぎますように。

 

明日の夜までどうか身体に気を付けて頑張ってください。

 

 

 

 

 

お姫様、王様と王子様の庭園へようこそ〜ジャニオタ10年選手のKing&Prince SWEET GARDEN雑感〜

今年の夏を彩る曲といったら間違いなくシンデレラガールではないだろうか。街に出てもシンデレラガール、先輩からもシンデレラガール。

SWEET GARDENに行ってきた。(招待状を手配してくれた関係の皆さまあらためてありがとうございます。)

もうね、一昔前からジャニーズという畑にいる人間からしたら信じられない福利厚生のよさ。スタッフさんはディズニー並の優しさ、写真とる手順もスムーズ、会計もスマホ対応。オリジナルショッパーまで!ジャニーズが、ちゃんと商売してるー!

衣装も展示が見られて写真がとれて。

神衣装を展示に回したせいでテレビでメンカラー認知を促進し損ねた惜しいところはジャニっぽいけど。

SNSを意識したちょっこりさん、定期的な商品入れ換え、広く知られることを意識した戦略は薄利多売的にも正直見えるけど、それでもいいんだよね。正直なところジャニーズのオタク内で担降りと掛け持ち繰り返して滑車を回しても限界があると思っているので、今回のような戦略もありだと思う。

だけど忘れられてしまう、時が経って宝石がガラス玉になってしまう瞬間に弱いので、庭に集ったみんなができるだけ永くこの思い出と寄り添えることを願う。もしも彼らから卒業しても、平成最後の夏を思い出すときに彼らの笑顔がふっと浮かぶ瞬間が、ずっとありますように。

キンプリがキンプリを呼んだ話~一条シン編~

SMAP解散騒動。今でこそ文字にできるが、2年前の私にとって口にするのもはばかられるくらいの哀しい出来事だった。

信じているものが簡単になくなってしまう。事の経緯はもう気にしないが、当時はエンターテインメントを演じきったと信じているブランドが、抗いきれない現実によってよどんでしまう、それがあろうことか私の一番愛するジャニーズの世界でだなんて、その事実が受け入れられなかった。

辛いことがあればジャニーズのアイドルを見て元気を出した。それなのにジャニーズについて考えることが自分を辛くさせる。しかもこの時点では自分自身の悩みも解決されていない。

袋小路に詰まった時に、Twitterで見つけたフレーズ

 

世界が…煌めいて見える!!!

 

電子ドラッグと呼ばれた映画「KING OF PRISM by Pretty Rhythm」そう、二次元の方のキンプリだ。

なんだかよくわからないけどいってくれ、きっと幸せになれるから、そんなヤバい宣伝文句を真に受けて、私は突如キンプリを見に行った。


今でも忘れない3月1日、会社近くの映画館で。

私はアニメーションを普段見ない。好き嫌いではなく習慣がない。HPでキンプリのストーリーを読んでも、正直なところちんぷんかんぷんであった。主宰ってどういう意味?オバレって何者?


そして映画を始めてみて、世に言う煌めき、を初めて体験した。


なんじゃこりゃ。


ストーリーについてはまるで頭に入らなかった。覚えているのは何本ものペンライトを手にし、お面まで被ったファンと、勢いのある歓声。会社帰りに無知かつ空手で来た私は手持ちぶさたを感じるくらいだった。


でも、確かに、楽しかった。エンディング曲のドラマチックLOVEを聞きながら、これLove so sweetじゃん、と小さくPPPHをするくらいには空気に飲み込まれた。


キンプリから教わったことは二つ。

自分は何かに憧れるオタクが好きだということ。

きらめきを届けようとする人が好きだということ。

ストーリーの終盤、劇中世界のトップアイドルグループ、Over The Rainbowが活動休止を宣言する。悲嘆にくれるファンの前に突然現れる新人。それがタイトルに記した、一条シンくんだ。平たく言えば事務所トップが突然見いだしたスターです。ジャニオタは佐藤勝利くんか金指一世くんをイメージしてください。

彼は泣いているファンを笑顔にしようと、突然あげられたステージで精一杯のショーをする。観客は泣き俯いていた顔をあげ、彼のきらめきに魅了される。ペンラは自然と虹に輝く。


ああそうだ、人を笑顔にするものがエンターテイメントじゃないか。拡大解釈だが、彼の堂々たるふるまいと眩しい笑顔に、当時の私は救われた。そして劇中の観客席と地続きになっている映画館の客席のおうえん上映に、私は魅せられた。なんてみんな幸せそうなんだ、世の中にこんな楽しい世界があったなんて、と何人もの友人を誘い(キンプリ8932)、最終的には還暦近い母親までも道連れにし映画館に通った。


そうするうちに心の傷も癒え、ジャニーズというエンターテイメントにも徐々に帰ってこれるようになった。一条シンくんの真っ直ぐさに、顔をあげる勇気をもらった。この頃はまだ、その笑顔が、むき出しの素朴なものだと思っていたから余計に。

そして映画の続編が作られると知ったとき、絶対見に行く、と心に誓ったのだった。当時は、次もまたおうえんを楽しもう、お祭りに参加しようという気持ちが強かった。


しかしながら、続編 KING OF PRISM -PRIDE  THE HERO-は私の根幹を予想以上に揺さぶる作品となるのだった。(続く)


キンプリがキンプリを呼んだ話~平野紫耀編~

キンプリというコンテンツが好きだ。二次元も、三次元も。筋金入りのジャニオタである自分がキンプリ(二次元)に魅せられ三次元のキンプリという祭りを眺めるにいたった話を少しずつ綴りたい。途中で絶対アイドルの話もする。

 

話は3年前に遡る。

人生のすべてが嫌になったことがあった。身体を壊し、仕事で躓き、死んでしまいたいと隙あるごとに言っていた。乗換のたびに線路に飛び込んでしまえれば楽なのに、と

考えたし実際ぼうっとしすぎて携帯を線路に落とした。

そんなどん底の中、私はシアタークリエのチケットを手に入れた。

いまを時めくKing & Princeの前身、クリエAである。

ボロボロの心の中、Youたち!で優勝した永瀬くん、推しに推されている平野くん、話題沸騰のシンメじぐいわ、SHOCKで頑張っていた岸くん、かわいらしい濃い顔の海人くん、それくらいの印象で見に行った。

 

そして、平野紫耀に落ちた。

 

理屈ではなかった。くしゃっとした笑顔に力強い体の動き、何よりもその衒いのなさが当時の私の心には救いだった。

今年のコンサートではやっていないという伝説の曲「愛は味方さ」

愛だけは絶対きみの味方さ 絶対そばにあるのさ

「だけは」ってことは他に味方がいなくても、周りが敵ばかりでもってことじゃないですか。

そして1番のサビで

僕だけは絶対きみの味方さ ぜったいひとりじゃないさ

私は毎日この歌詞を聞いては泣いていた。

こんなボロボロの自分に味方なんているわけがない、そんな気持ちに平野くんの笑顔は眩しすぎた。あの時の私にとって彼は、確実に救世主だった。

 

平野紫耀は強い人だ。本気でお札に載ろうと思ってるし、本気でトイレのミラーボールを喜んでいる。

真っ暗な気持ちをこちらが抱えていても、きっと吸収も反射もしないで、自分の光をまっすぐに開く。

 

今ではあんな難読な名前を多くの若者が読めるくらいに光る大きな星になった。

ジュニアなんて不確かなものを気にして、彼がいなくなったらどんなに落ち込むだろうと恐れた私の心配は全く稀有だったくらいに。

9月4日(火)にはさんま御殿に出演するらしい。

共演する前からさんまさんにものまねもされていた。そんな人もなかなかいないだろう。いわゆる世間話に、彼がいる証だ。

 

いつからか私は彼を「平野」と呼んでいる。あのときは、平野くん、だったけど。

私が世界で一番好きな人、松本潤くんと並んだ写真が彼のデビューしたグループの会報に載る日がくるなんて。あの日、私の真っ暗なせかいを救ったようにきっとかどこかで彼は誰かを助けている。そうに、決まってる。

 

Mr.King VS Mr.Princeとしてグループ結成された彼らの事も、夏中ずっと追いかけていた。気力がなくて現場には行けなかったけれど、いまでもドラえもんの前で法被を着て笑うワイドショーは取っておいている。

 

しかしながらVSのキンプリは一度活動を止めてしまい、Mr.KING とPrinceに形を変えてしまった。私にはなんとなくそれが寂しく、精神状態も少し落ち着いた私は平野くんのことをこの時ほど執着しなくなった。何よりも、ジャニーズ全体を信じられなくなるようなあの出来事が起こり、私の価値観は変わった。(続く)