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根も葉もある嘘八百

一日一エンタメ

箱庭から巣立った人を愛し続けられるかという話

好きな人と別れられるか。

私は別れに弱い。ペットに死なれたくなくてペットが飼えない。
ある日突然ジャニーズJr.が好きになった。その時私は、ジャニーズを愛する中で失恋を経験してみよう、と思った。どういうことかって、Jr.はあまりに移り変わりが激しいから。どんなに将来を期待できる人がいても、明日にはいなくなってしまうかもしれない。さよならも言えず、もう会えない。そんな好きな人との別れを経験してみよう、その時私は何を思うのか知りたいと。結局、平野紫耀を推してしまったため、今のところ推しは去っていないし去る予兆もないが。
 

今、宝塚にはまっている。花組の明日海りおさんが好きだ。みりおさまには、まだまだ活躍して欲しいしこのままだと宝塚劇場にまで応援に行ってしまいそうだ。それくらいに好きだ。しかし宝塚である以上いつかは退団の時が来る。好きな人が退団をするとき自分が何を思うのか、知りたい。

かつて私は、スケオタだったときがある。高橋大輔が、大好きだった。彼が引退してから、スケートを見なくなった。スケートを嫌いになったわけではない。でも、なんとなく見る習慣がなくなった。しかしだからといって高橋大輔個人の活動を、物凄く追うわけでもない。
 
今日は辞めJr.、退団した宝塚の方、卒業したアイドルのファンにききたい。箱庭から巣立った人をどれだけ推しているか。箱庭を出たことを、猛烈に叩く人もいる。彼、彼女そのものが好きだと、追い続ける人もいる。
しかし私の答えは、箱ありきでも、個人ありきでもない。箱庭を出てしまったら、その人の姿が少しだけかすんで見えてしまう。退団したトップの方も、ジャニーズを辞めた彼も。
それは、大好きなあの人がこの輝く空間にいる、その組み合わせが好きだ。出国した彼にも、彼のいない箱にも罪はないけれど、どうも前のように興味はわかない。そんな時は、あるんじゃないか。
好きな人が好きな空間にいる。この、奇跡のような組み合わせに人ははまる。堕ちる。その魔法が、組み合わせが変わって続かなくなることは、罪ではない。仕方の、ないことだ。
 
例えばディズニーのキャラじゃなくても、キディランドにある日突然おかれたぬいぐるみでもあなたはダッフィーが好きと言えるか?そんな話だ。
みりおさまがいなくなっても宝塚を愛するかわからない。平野紫耀が辞めてもJr.を推すかわからない。不思議だ。最初はなにもないところから、始まったはずなのに。
 
誰かを好きになると世界は変わる。その世界は明日には消えてしまうかもしれないから、せめて今日だけは、大好きな人が大好きな場所にいる、その煌めきの中に佇んでいたい。