読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

根も葉もある嘘八百

一日一エンタメ

今だからする1.18の話

自分のブログを遡っていて私は思った以上に1.18、SMAP×SMAP生放送の件を引きずっていると気づいた。

この話をうまくまとめられるか自信はないけれど、ちょうど今日のニュースを見て思うことがあったので、語ることにする。

本当に、一個人の、半端者のジャニオタの言う事だから、正解でも、オタクの総意でもない。ただ思いをまとめたくて書くことなので、読んで反感を持つ方もいるかもしれないけど、許してほしい。

 

www.sponichi.co.jp

 

私がこのニュースを読んで一番最初に抱いた感想は、「ジャニーズ事務所は、最後まで『メンバー』の責任にしたいんだ」だった。

きっと、ネット上で「テレビ局はオファーをしたが、ジャニーズ側が辞退した」とテレビ局に問い合わせたファンが回答されたという噂が飛び交ったからだろう。その回答があったかどうかの真偽も、出演しない本当の経緯もわからないけれど、少なくともこの記事は噂の火消のため、そしてすべてを事務所ではなくメンバーに被せたいジャニーズ側の意向によって書かれたものだと私は思ってしまった。

 

1月18日の生放送を見てから、暫くの間心が落ち込んだままだった。正直、騒動に動揺しつつも、翌日には自分の推しをいつものように愛でているファンの姿も、受け入れられなかった。あの時私はなぜあんなにも沈んだのか。それは、自分の声が、今までのファンとしての人生が、全て否定されたような気がしたからだ。

 

m1332.hatenablog.com

私は上記の記事通りやっぱりジャニーズが好きで、どこかで自分の想いはタレントとほんの少しだけ通じていると、思っていた。

件の騒動が勃発した時も、もうこの話が持ち上がった以上、何も正解はないと思ったうえで、ならばせめて、解散はしないでほしいという意思を持っていた。CDは買わなかったけど、やめないで、と小さい小さい声に出した。

1.18のSMAP×SMAPが始まったとき、「世界に一つだけの花」に乗せられて流れる解散反対のメッセージは、国民の総意かのように描かれた。でも、肌感覚として私は思った。

私はその「みんな」じゃない。確かに解散しないでと言ったけど、あなたたちの都合で扱われる、「存続を願うみんな」じゃないの。

でもその思いは濁流のような報道に流されていった。「みんな」の想いが通じて、彼らはピンチを乗り越えました、めでたしめでたし…そんなストーリーの一部にされた違和感と、でもそうやって流されるのが、エンターテインメントを消費するという事だろうという自分の中からも聞こえてくる声。

私、何が見たかったんだろう?何を求めて、自分と本来ならばまるでかかわりのない人に関心を抱いてきたのだろう?首を絞めるため?違う…

そんな答えのない日々、そしてエンターテインメントを楽しむこと自体を躊躇する時間が、結構長く続いた。

 

でも、結局私は今ジャニオタをしている。どうやって帰ってきたのか。正確な道筋は覚えていない。でもきっと私はこの件を、「例外」ってことにした。

自分の好きなもの全てが迷いや苦しみに混じりこんでしまったのではなくて、こんなこともあった、ある、そんな一例として切り離してしまうことで、ジャニーズ内外どちらも、他の娯楽をまた愉しめるようになった。

ずるい、と思う。でも、エンターテインメントなしに私はもう生きられないし、自分の好きな人が娯楽を生み出そうとする限り、またいつか泣くかもしれないけど、ついていきたい。そういう、ことにした。

 

SMAP本体の事は、今日は話さなかった。話すと、ただでさえまとまらない今日の話が、もっと混線してしまいそうだから。でも、国民的スターだからじゃなくて、自分自身が、強さや憧れを強く抱く存在だった。数か月落ち込むくらいに、その重しは大きかった。だから今でも、また見えないつながりが、グループとしての集団感が見てとれる状況で、歌って踊る姿を見せてほしい、それがどうしても難しいのなら、どうかできるだけ美しい伝説のまま、旅立ってほしいと思っている。

いつもに増した駄文で失礼しました。おやすみなさい。