根も葉もある嘘八百

一日一エンタメ

娯楽は娯楽でしかないけど

発信する趣味を持ちたい。もっと言えば、自分から何かを生み出す人になりたい。

これまでの人生、自分はなにも生み出してこなかった。生み出す力を身に着けていなかった。そんなことに、だいぶ生きてから気づく。

漫画が好き。テレビも好き。映画も好き。コンサートもお芝居も好き。でもそのどれもが見るものであって、自分が作り出しているものじゃない。そう、娯楽は娯楽でしかない。わかっていたけれど、それだけではいけないと思う。

自分の足で立って、たまに立ち寄るのが娯楽だ。走って走って、給水所でほんの一口飲むのが現場のはずだった。

でもいつの間にか、ゴールテープが娯楽になっていた。走るルートに最短性を求めるだけで、走り方は雑になり、ゴールまでの区切りは日に日に縮まった。

それじゃいけないよな、なんて最近思う。

 

SMAPの騒動を受けて所詮自分たちはなにもしていないことに、何もしていない人に何かした人の本当を知ることは難しいことに、気づく。のめり込み過ぎてはいけないという我に帰る。オリンピック競技を見て、小さくてもいいから何かをしなくてはいけないと思う。見るより描く、聞くより話す、話すより、する。もっと前に向いて生きないと、格好悪くならないと。格好悪さを指摘されてもいいと胸を張らないと。

つっぱってばかりじゃ、あさっての方向見て笑ってばかりじゃ、成長しない。

 

あぁ楽しかった、で終わる毎日ではいけない。それでも、閉会式を見て、やっぱり自分は音と光が好きだって、娯楽を享受することが人一倍好きだって気づく。地球の裏側で紅白の花火が上がった時、4年後もこの世界の祭典を小さい目をかっ開いて見つめたいと思った。

少しづつ変わりたい。ただ娯楽を愛するだけの自分から。毎日をもっとちゃんと、歩める人になる。自分の足で歩いて、走って、たまに転んで、怪我した足を隠さずに笑って歩ける人になりたい。ゴールテープはすぐ見つからなくても、毎日ぜぇぜぇ言えるくらいに走りたい。たまにはちゃんと、悔し泣きもしたい。

 

夏が、終わる。お盆が明けて、オリンピックが終わって、SMAP騒動も少し報道が落ち着いて。

4か月後に少しは成長できているかな、傷口に絆創膏貼らずに、たまにひっかいてぶりかえしながらも、誰かと笑い合っていたい。