根も葉もある嘘八百

一日一エンタメ

予防線を突き破れ

何かに挑戦する時に、失敗したらどうしようって考えませんか?

私は考えます。めちゃくちゃ何度も考える。

欲しいものに手を出す時には、多分手に入らないだろうな、それでもまぁいいかって心の端っこで思ってる。

 

でもだからね、本当に欲しいものに上手に手を伸ばせないんです。

そんなことをしているうちに、本当は何が欲しいかも、わからなくなっちゃって。

 

でも、別に、欲しいものは欲しいでいいんだよね。

 

欲しいです。

手に入りませんでした。

残念。

じゃあ、次に進みましょう。

 

そのステップが大切なわけで。

欲しいです。(あ、でも手に入らなかったらいいんだよ。他に欲しい人がいるなら譲ってあげるし!)

手に入りませんでした。(でも、どうしても欲しかったわけじゃなかったしね。今回は手ののばすタイミングがわるかったんだよ、うん。)

残念。(でも、そんなにショック受けているわけじゃないよ?他にもほしいものや追わなきゃいけないものあるし。)

じゃぁ、次に進みましょう。(まぁ、他にも何かしらあるでしょう)

 

じゃ、涼しい顔しているようでめちゃくちゃ格好悪い。

それには頭でわかっていても、一度うまいこと回避しながら生きる方法を知ってしまうとなかなか抜け出せない。

欲しいものを欲しいと言うのが、すごく格好悪いことなんじゃないかと、はしたなくて、身の程知らずなことなんじゃないかと思ってしまう。本当は、欲しいものを欲しいと言えないことの方がずっと格好悪いのに。

これとこれが足りないから、今回は手に入りませんでした。ってまっすぐに言われるのがこわくて、何もできない。特別欲しくもないものに手を伸ばしたり、確実に手に入るものにはやけに一生懸命になったふりをしてみたりする。

何やってるんだか。

 

そんな現実でもがいているから、芸能の世界で真っ直ぐに自分を晒している人を見るとかっこよさに見とれてしまう。奇想天外な言動に憧れを抱いてしまう。

無自覚にまっすぐで、自分を晒し過ぎるぐらいに見せる人が好き。

自意識が垣間見えると、途端に輝きを失う。

 

でも、自分がどう見られているかを気にする自分をやめられない。

そんなスパイラルにも、そろそろ飽きました。芸能に、夢の世界に半ば逃避して憧れることにも、それがずっとじゃいけないと、思い知る今日この頃だし。

 

いっちょ恥かきますか。転んで転んで、それでも手にした光のかけらの眩しさをそろそろ知りたいから。