根も葉もある嘘八百

光れ 光れ その先に何があっても

ジャニオタが少年ハリウッドに出会った話

アイドルが好きだ。光の中で精一杯に手足を伸ばし、僕はここにいるよ、キミを幸せにするよと誓約する人が好きだ。
私の好きな人は、よく「幸せにする」と言う。抱きしめられるわけでも、ご飯を御馳走できるわけでもないのに。
光を見せることで、幸せにする、と迷いなく誓う。その言葉に導かれて、私はここまで生きてこれた。
 
最近少年ハリウッドというアニメ作品に出会った。アイドルが好きな人ならば見るべき、という評判を聞いてdアニメを登録し、早速見始めた。
私はアニメを見る習慣がない。嫌いなわけではなく、単純に習慣がなかった。テレビドラマが好きで、アイドルが好きで、アニメまで追う時間がなかった。
でも、少年ハリウッドは完走した。
途中でしんどくなって立ち止まることがたくさんあったけど、最後までしっかり目を見開いて、見た。
 
少年ハリウッドとは、アイドルがアイドルになることへ向き合うお話だ。
 
舞台の上に立つ人は、普通じゃないことを普通にやってくれる。
 
つい先日、アイドルのDVDを上映している飲食店で、一人で昼食をとっていたら隣の女性に話しかけられた。
長い髪で、ネイルを綺麗に施した、40代くらいの明るい方だった。四国から、コンサートを観に来たという。
彼女は昔、コンサートの最前列で、好きな子が目を合わせ微笑んでくれた話を教えてくれた。
いかに嬉しかったかを、まるで昨日のことのように話しながら、彼女は言った。
「日常生活だったら、考えられないことじゃない。親よりも年上の女性に、恋人みたいに微笑みかけるなんて。」
初対面の私になぜそんな話をしてきたのかはわからないが、その通りだ、と思った。
例え最前列であっても、舞台と客席、という仕切りがなければ成立しないやりとり。それを、人がやっている。
友達が迎えに来て、荷物をいそいそと片づけ会場へ向かう彼女が、今日も幸せでありますように。私は背中を見送りながらそう祈った
 
少年ハリウッドではその、舞台の上に上がることで人が何かを纏っていく、そうして誰かの憧れになるという過程と、その過程と向き合う少年たちの心情が実に丁寧に描かれている。
 
ぜひ多くの人に見てほしいため、エピソードのネタバレも含んで紹介するが、少しでも興味を持ってくれた方には私の不確かな文章ではなく、ぜひ本編で確認をしてほしい。今ならdアニメストアで配信中だ。
 
第一話のテーマから紹介したい。
「恥ずかしいことを恥ずかしそうにやることほど、恥ずかしいことはない。」
アイドルグループ、少年ハリウッドには自己紹介がある。
「キミの宇宙は僕の宇宙、つまり僕はキミに夢中!」
「約束なんて、守れない。だって僕が守るのは、キミだから!」
一つ目はグループの語り手的存在の風見カケル、二番目はアニメ本編ではなく小説版に出てくる初代少年ハリウッドのメンバー、大咲コウさんのセリフ。
少年ハリウッドは、小説版の初代少年ハリウッドと、アニメ版の彼らの解散15年後に再始動する新生少年ハリウッドの2つのお話がある。
どうしてもアニメを見る習慣のない人には、まず小説版から手に取ってほしい。とても読みやすく、それでいてハッとさせられる言葉に満ちた作品だ。
私はこの二つの論理飛躍しているところが、アイドルらしくて大好きだ。
一つ目のカケル君のは、宇宙という突然の壮大な言葉にまず驚かせられる。そして、キミの世界に僕がいるなら僕はキミに夢中だと、突然に迫られる。
本当なら、「つまり」という接続詞は通らないはずだ。
二つ目のコウさんのセリフも同じだ。キミを守ることと約束を守ることは両立しうるはずで、約束を守らないことがキミを守ることで帳消しにはされない。
とんだ無茶を言っているのだけど、言い切ってしまえば、本当になる。それが、アイドルの力だ。
私は、アイドルが言ういわゆるこうしたセリフは、「化かす」要素があるのが面白いと思う。だって全員と約束なんて守れない。でも守った気に、させることはできる。
そんな魔法を使えるようになるには人間から魔法使いに変身しなくてはいけない。だから、恥ずかしがっている場合ではない。
こうした自己紹介を、当然最初はうまくできない少年たちが、少しずつ魅せることを身に付け、恥じらいを捨てていく過程を目の当たりにすることから、この話は始まる。
 
他にもエピソードの一つに、彼らがオーディションを受けるシーンがある
オーディション合格の条件は、「舞台に上がることができるかどうか」。
少年ハリウッドとは作品名だけではなく、劇中に登場するアイドルグループの名前でもある。彼らは原宿にある劇場、「ハリウッド東京」で毎日のようにライブを行っている。。
これは私の想像だが、アニメを見る限りハリウッド東京の舞台は、決してとても大きいというわけではない。キャパシティとしては、シアタークリエくらいではなかろうか。
舞台と、観客席の階段もとても高いわけではない。階段を数段上がれば舞台に上がれる。
しかし合格の条件は、その舞台に上がれるかどうかなのだ。
(これだけ語っておいて大変恐縮だが、オーディションのエピソードは、アニメのDVD特典のドラマCDだ。
その入手困難性はひとまず置いて、ぜひともこの作品の世界観を伝えたい。)
 
のちにアイドルグループ、「少年ハリウッドになるメンバーたちは実に様々な対応をする。
何も衒わずに舞台に上れてしまう強さのある子、神聖な場所と直感で感じ取り、靴を脱いで上がる子、その神聖さに上がることを拒む子。
5人5様の対応を、事務所の社長(劇中ではシャチョウ、の表記かつ発音)は見つけ、アイドルへ育て上げる。
 
前半は、こうした彼ら自身が普通の人間からアイドルに変わっていく過程、自我や覚悟の形成についての物語だ。
ジャニオタなら、少年倶楽部を見て、突然顔つきが変わっていく子にハッとする瞬間はないだろうか?今でいうならば、Hi Hi B少年辺りの彼らに。
その時に彼らの心に何が起こっているのか、どんな気持ちが形成されていくのか。人は見られることで魅力的になる、とはよく言うが、それだけではない心情面を、少年ハリウッドを見る中で推し量れていく気がする。
 
また、アイドルが求められるもの、についてシャチョウはこんなことを話す。(原文ママではなくニュアンスである)
「アイドルはいろんなものを求められる。それは矛盾だらけで、手の届かない存在であってほしい、恋人になってほしい、家族のようであってほしい、もっと近くにいて欲しい、もっと遠くに行ってほしい。そのすべてに応える方法はただ一つ。全部出すってことなんですよ。」
きっとこの正解は、自分の信じたものを出し切るってことなんだろう。家でぼさっとした髪のままの自分を見せてしまう、という意味の全部見せる、ではなく、自分が本当に思うものをみせること。
だからアイドルの作る景色に正解はない。自分の本当に思うもの、は当然人によって違うのだから。
 
そして、少年ハリウッドは、綺麗なばかりの世界を描くわけではない。切なくなったり苦しくなるところもたくさんあるけれど、ちゃんと芸能界らしい阿漕さがある。
そこにリアリティがあって、私はとても好きだ。
例えば、先ほどのオーディションの話。
主人公の風見カケルは、ごく普通の高校生。(ただし顔は恐らくハチャメチャに美しい)
アルバイト先のスムージー店で、シャチョウに突然スカウトされる
自分が芸能界に行くなど思いもしておらず、戸惑う彼はあらゆる手で誘おうとするシャチョウとマネージャーの勅使河原(テッシー)へ丁重に誘いを断る。
諦めたように振舞いつつ、最後にシャチョウは、彼が自分の意志でもう一度劇場に来たら、決して手放してはいけないとテッシーへ伝える。
そして翌日、カケルは劇場へ自ら足を向ける。
喜びのあまり興奮が隠せないテッシー。そしてシャチョウに言われた通り彼を離さず、アイドルの世界に連れていく。
しかし、彼が戻ってきたのはやっぱりアイドルになりたかった、からでは決してない。
 
配達のジュース代を貰えてなかったからなんですよ!!!!
 
店頭でスカウトを試みてもうまくいかなかったシャチョウは、大量の注文を彼に劇場まで届けさせる。
届けたところで、キミの夢は何か、と問いかけ、カケルは真剣にその答えに迷ってしまう。
「先生、親、なんでみんな、夢は何かって聞いてくるんでしょう。そのうえ知らないあなたにまで、どうして夢を聞かれなきゃいけないんですか。」と。
彼のいいところは、このようにわからないことをわからない、と言えることだ。彼は変な格好のつけ方をしない、自分から、ぐいぐい前に出るタイプではない。しかし。
その空っぽさが、後に少年ハリウッドを強くしていく
ここでのシャチョウの返答もよい。
「それはきっと、あなたに夢をみたいからなんじゃないですか」
そうしてそんな深ーいやり取りをするうちに、カケルくんはお金をもらうのを忘れてしまう。だから翌日、慌ててジュース代を回収にもどってきた、それだけ。
 
確実にシャチョウのこのやりとりは、彼にもう一度劇場に来させるための確信犯だ。
けれども、自分の足で戻ってきたのだから、ということでテッシーが頑張ることで、カケルはアイドルになってしまう。ある意味、人生を狂わされてしまう。
手に入れると決めたものは、味方までも欺いて手にしてしまう。これって決してクリーンではない、でもリアルな、芸能界の阿漕さだ
こうした側面は作中の随所に登場する。一見あたたかくて優しい目線の作品なのだけど、よく見るとシニカルで、深く楽しめる要素がある。
 
他にもお勧めしたい理由となるエピソードは沢山あるのだけれど、最後に握手の話をする。
握手。ジャニーズでも駆け出しの時期には多くイベントが開催されている。
近づくことで、一瞬でも話しかけられることで嬉しい気持ちはあるし、その接触して自分を見てくれた瞬間が癖になって、何度も通ったり、必然的に会うためのCD購入を繰り返したり。これはあらゆるアイドル市場で起こっていることだ。
そこにも少年ハリウッドは切り込んでくる。
ハリウッド東京という聖地で、毎日のように公演をし、終了後はお見送り兼握手会がある。
それがだんだんと一般化し、メンバーにメールアドレスを渡し、簡単に付き合える、という幻想を抱いてしまう人も出てくる。
その中でシャチョウは握手会を中止し、街中での偶然の握手こそが重要だ、と原宿で、言うならばかくれんぼ的なイベントを行う。
(このイベントはメディアミックスとして実在する少年ハリウッドの公式ライバルグループ、ぜんハリが実際に行っていたそうで、そこもすごい)
街中で偶然出会うファンに、自然でいたメンバーがアイドルとしてスイッチオンする瞬間が、なんとも印象に残る。
例えば、本当は甘いものに興味がない末っ子メンバーのキラが、甘党のリーダー、マッキーについていっているところ。
彼らを見付けたファンはパブリックイメージで逆の印象を抱く。「マッキーやさしい!キラくんと一緒に並んであげてるんだー♥」と、勝手に解釈する。
しかし瞬時に、二人はそれにこたえる。「僕、甘いのだーい好き♥」と元天才子役の末っ子、佐伯キラは笑う。
(彼の覚悟と振る舞いには個人的に山田涼介くんに近いものを感じる。自分の趣向と異なることも、すると決めて、運命を受け入れて、やりきろうとする)
また、イベントの趣旨に懐疑的な、一番アイドルから対局、そしてアーティストを目指す普通男子のシュンくんは、単独行動で裏原の服屋へ赴く。
好きな服を前にして、いーじゃん、なんて思いつつお財布事情からウインドウショッピングで終えようとしたところ、ファンに出会う。
「シュンシュンみーっけ!似合いそうー!!その服買うんですか?」キラキラした目でファンに見つめられ、その期待に応えようと、結局彼はその洋服を買う。
私は、これが彼の好きな服だっってところにきちんと本当が含まれていることもみそだと思う。すべてが嘘ではなく、本当を背伸びさせ、彼はアイドルとしての理想に応えるためにちゃんとカッコをつけるのだ。
みんな自分を少しだけ殺し、自分を待つ人に求められる姿を演じるのだ。
 
最後に無限の空っぽさを持つカケルは、夕暮れに一人のファンに出会う
彼女はカケルに会って大事そうに握手をして、そして、「握手なんて、できない位の人になってください」と言う。
握手なんてできない位、東京ドームを一杯にして、売れて、遠くに行って、今日の握手が特別なものになるような人になってください、と。
これってなかなか言えることではない。
前述のシャチョウの言葉の通り、ファンがアイドルに求めるものは矛盾だらけだ。
恋人のようでいてほしい—――でもそのためにきれいな所作をするには、実際の恋愛経験がなくちゃ無理なんじゃ?
そんな矛盾を無視して、アイドルなんだから恋愛したら自覚がない、と一刀両断してみたり。
もっと売れてほしい!と言いながら、箱が大きくなれば遠くに行ってしまった、と寂しがってみたり。
だって好きだから、求めてしまうから。言いたいことを100人が100通りで言ってくる。もうめちゃくちゃなわけだ。
それなのに、彼女は遠くに行くことで今日が特別になる、という。これを言えるファンの彼女に、幸せになってほしい、と胸を締め付けられる。
 
長く書きすぎてしまったが、すこしでも多くの人に少年ハリウッドを見るきっかけになればと思う。
それはきっと、アイドルや、何か煌めくものがすきな人であれば、貴方の好きなその人を見る目が、さらに深まるきっかけになるに違いないから。