根も葉もある嘘八百

光れ 光れ その先に何があっても

キミの夢を見ていたとアイドルを好きでいるということの話

嵐の2014年アルバム「DIGITALIAN」に収録されている楽曲「キミの夢を見ていた」が好きだ。明るく伸びやかでいて、切なさを滲ませるメロディーと、アイドルからファンへ、ともファンからアイドルへ、とも取れる歌詞が、心を揺さぶる。

例えば、
「いつだってそばにいるよ 例えば君が笑うだけで 僕は僕でいられた」
「輝いて もう泣かないで この素晴らしい世界でほら 君のことを見つけた」
特に好きなのはこの2つの歌詞だ。
「君が笑うだけで 僕は僕でいられた」は「僕」という男性一人称から、アイドルがファンの笑顔を見るだけで自分を保てる、と(ものすごくファンのエゴではあるが)解釈できる。一方で同じ歌詞を、アイドルの笑顔だけで困難な日々をなんとか生き抜いていける、というファンの思いともとることができる。
そう、私たちは「この素晴らしい世界で」「君のことを見つけた」のだから。

また、
「時代はどこまで 僕らを追いかけてくるだろう」「風を背に受けよう」ここはもう、嵐が歌ってこその歌詞で。ある時突然トップスターとして扱われて、戸惑ってもがいて、今やっと立場を受け止めながら前だけを見ている、そんな彼ららしいフレーズだ。

アイドルを好きになること。好きでいること。そこから見える景色がある。そこに好きな人がいなかったら、いかなかった場所があって、会わなかったはずの人がいて。これはもちろん、アイドルだけに言えることじゃなくて。アニメも、漫画も、趣味の世界すべてに言えることなのだけれど。ただ、アイドルという、生身の人間でありながら、人間離れした煌めきを持つ人が中心だと、そんな広がりが自分の中で、余計に刺さるときがある。