根も葉もある嘘八百

光れ 光れ その先に何があっても

ジャパニーズエンターテインメントのダサさの話

ジャパニーズエンターテインメントが好きだ。なんでかって、ダサいから。

ほんの少しのダサさを、私はたまらなく愛おしく思う。

 

そもそもダサさってなんなのだろう。私は、ダサさとは突っ込みどころだと思う。

え、何やってるの?全く駄目だなぁ…。でも、そこが愛おしいんだよな、と思えるところ。

 

例えばジャニーズ。彼らの歌は正直なところ、特別うまいわけじゃない。ダンスだって、他にうまい人はいくらでもいる。話術だって、スタイルだって、同じだ。一つとったら、彼等より優れている人はいくらだっている。だけど、それがいい。あのきらびやか過ぎる衣装を纏い、ちょこっとスタイルが勿体なかったり、歌唱力に不安があったり、それでも伸び伸びと(主に相当なぶっとんだ内容の)舞台から登場し、成長していく様が愛おしい。

 

例えば東京。夜景の美しさだけだったら、ビルの多さやイルミネーションのもっと多い都市はいくらでもある。ニューヨーク、ロンドンなどなど。整然とした美しさなら日本国内でも函館や長崎の方がずっと絵画的な美しさがある。でも、私は東京が好きだ。

それは、今まで自分が慣れ親しんできたからと言ったらそれまでだけど、そのほかに、東京の不完全さやせわしなさ、不器用さが夜景からにじみ出ているから、私は好きだ。

都会を生きる人の日々に追われる疲れや、その中で一時の休息を見つけたり探したりする思い、そんな不器用で草臥れていて、でもだからこそ愛おしい人々の息遣いが夜景から感じられるような、気がする。

 

海外、特に欧米のエンターテインメントや人ごみも大好きなのだけど、そこに生きる人は前だけを見ていて、謙遜したり、自虐したり、愛想笑いしたりする感じがなくて。それが格好いいし、例えばパフォーマンスでいえば、そういう日本のような立ち止まりや甘やかしがないから、クオリティが上がるという所はあるんだけど。

でも、少し格好悪くて突っ込みどころがある、身勝手だけど相関性のある日本が、日本のエンターテインメントが、私は大好きだ。

 

エーデルローズ生に歌わせたいジャニーズ曲の話

エデロ生アルバムの試聴が開始されましたね!

 

kinpri.com

 

ついにー!!って感じだけど、今更ながら、このタイミングだからこそ、エデロメンバーに歌ってほしい、また今回の試聴でイメージにぴったりだった楽曲を試聴の感想とともに紹介したい。

 

①一条シン

Sweet Sweet Sweetはひたすらにかわいくて!思ったよりごりごりのアイドルサウンドじゃなくて今風のライトさがあるなー、という少し物足りなさも感じたけれど、Over the Sunshine!がひたすらアイドルソングらしいのびやかな響きだからいいのかな。

シン君には、

Hey you!/Sexy Zone

www.youtube.com

好きだよ/佐藤勝利

www.youtube.com

を歌ってほしい。

一条シンに0番を感じすぎている私…。でも勝利さんと重なるってだけじゃなくて、好きだけど近づけない、とか触れるだけでドキドキしてしまうようなうぶな感じが、どちらの楽曲もシン君にぴったりだと思う。

How'sやいざNowくらいの嵐の楽曲も合いそう。

 

②太刀花ユキノジョウ

ユキ様!!完全に和のイメージを持ってきていてずるい!好きじゃないはずがない。

『蛹を脱ぎ捨て』はユキ様のコンプレックス克服を表してて響くし、『現にはもう帰らせぬ』ってプリズムショーで言われたらユキ様担即死に違いない。本当に現実になんぞ帰れない。

ユキ様には、もう何人もの人が言っていると思うけれど

1582/亀梨和也 をやって欲しい。花魁と武士を一度に見れるなんて反則。と言うかこの世界観を作り上げた亀梨和也は天才だと思う。

口紅をすっと指で塗るところユキ様で見たいです…。

www.dailymotion.com

 

③香賀美タイガ

Helloをヘローって言っている所にタイガらしさを強く強く感じた。

バーニングが入っている所は案の定過ぎるので語りません。好きだよタイガ…。

タイガに歌ってほしいのは、

言葉よりも大切なもの/嵐

なのですが、是非二宮さんが5×10でやっていたソロの演出でやって欲しい。

嵐 二宮和也ソロ 「言葉より大切なもの」コンサート - Pideo 動画検索

私の勝手なイメージだけど、

言葉より~とピカンチシリーズ2曲は緑色の世界観で、その時点でタイガにはまる。若くて、青くて、もがいている感じもどこか重なって。

歌がすこぶるうまいタイガは私の中できっとギターができるようになると思っている。

もちろんダンスバトルも最強だけど。

 

④十王院カケル

正直カケルの話をしたくて始めた感がある今日のお題です…。

もともとカケルには

VIP/B.A.D

www.dailymotion.com

を歌ってほしいと思っていて。

キンプリエリートでたまたまここに来た人VIPだけでいいのでリンク開いてください…。まじでカケルだから!!!!!

 

そしたらあのチャラエモナイトが出てくるものだから、自分の想定した路線があっていると確信したうえで衣装と世界観がまさに相葉さんのソロの

Disco Star/相葉雅紀

http://www.bilibili.com/video/av2654201/

(中国圏のサイトしか映像がなかったので画像が粗いです)

そしてその兄弟(?)作の

Mr.FUNK/相葉雅紀

Flipagram by pppritz featuring Mr. FUNK by 嵐

をやって欲しくて仕方ない。画才があればトレス画を山のように描くのに。

 

後半3人は後日書きます。駄文失礼しました。とりあえず発売が愉しみすぎる!そしてアイドルが好きだ!

 

売れるものの勢いや好きなものの話

その商品にかかわっている人たちが、本気で売ろうとしているもののニオイってある。

昨日WOWOWで「ルパン三世」の宝塚版をやっているのを見たのだけれど、まさにその空気感を感じた。けたけた笑えるくらいに誇張されたキャラクター、音楽、原色のピッカピカの衣装。これは早霧せいなさんのトップ就任お披露目公演だが、彼女をコメディができるスターとして華々しくトップデビューさせようという意気込みがひしひしと感じられる。この成功から翌年の「るろうに剣心」が生まれたのであろうし、それもまた大成功しているのだからすごい。また、その間にオリジナル公演「星逢一夜」でしっとりとした別の表情を見せている所も素敵だ。

私は宝塚にもともと関心があるし、トップさん~2.3番手くらいまでは名前がわかる。しかしそれとは関係なしに、「ルパン三世」は途中から見て、画面の勢いを感じた。なんだかわからないけれど、観るうちにわかってくる、わかりたい。ずっとこのまま見続けたいと思った。

 

面白い作品には、人には、そんな魅力がある。

今日は最近ついしてしまいがちだった「昔はよかった」ではなくて、「私の好きなもの」の話をしようと思う。

 

私は、自分の好きなものが売れることや、売れっ子になること及び売れていることが多い。

それは売れるから=皆が見てるからそのものを好きなのでもなく、私に売れそうなものを見極める審美眼があるわけでもない。ただ、売れる匂いのするもの、つまり勢いのあるものを見ると無性にドキドキするし、そんなものがタイプとして好きなのだ。

 

だから人も、大体No.1人気を好きになる。宝塚も、2番手3番手でいいなと思う人はたくさんいるけれど、結局トップさんを好きになる。

先日も語った通り私が一番好きな宝塚スターは花組の明日海りおさんなのだが、宝塚の中でもトップ・オブ・トップとしての未来を嘱望されている存在と聞き(諸説あるが)あぁ、またしてもやってしまった、と思った。もともと彼女が気になるようになったきっかけは、WOWOW「宝塚への招待」でベルばらのアンドレを演じている姿を見た時だ。アンドレと言うともちろん大人気の役だが主役ではないのに、ふと目を向けてしまう存在感があった。口元の雰囲気が河合君に似ていてかわいいし、声が凛としている。もっとこの人を知りたい、と思い調べているうちに公演に行き、やはり好きだと確信した。

 

ジャニーズJr.なら平野紫耀君が好きだ。この話も何回かしているけれど。もともとは急に深夜ドラマに主演してきたことで「あぁ、次のスぺオキはこの子ね」と思っていた程度なのに、気が付くとあの笑顔に夢中になっていた。今ではセンターに立つ覚悟、が滲み出てきている様子に時折感無量になる。でも、このまままとまらずに、高く高く、時に大人の想像を大きくはみ出る場所に、(でもファンの望みは叶えられる程度の所に)突き進んでいってほしい。

 

言うならば、キラキラしている人や場所、作品が好きなのだ。そこには得も言われぬオーラやふと寄ってしまいたくなる空気がある。それを求めて、あらゆる現場にも足を運んでしまう。熱量の集まる場所にずっと身を置いていたい。人の熱気に気おされて倒れてしまうような、そんな一生の終え方がしたい。

 

よく、例えばジャニーズでも何でも2~4番手を好きな人の方がその「好き」に意味を見出したりキャラ付けされやすくて、1番を、赤レンジャーを好きな人はただの流行りもの好きとされがちだけどそんなことはなくて、赤レンジャー好きも同じように奥深いのだ。

夏の匂いと学園ドラマの話

夏が好きだ。日本の夏が好きだ。

暑くてじめじめして、ようやく本番と思ったら日が短くなる。そんな勝手な夏だけど、べたつく空気を、草の匂いが混じった風を感じるたび心がそっと揺れる。

土曜ドラマ時をかける少女」を見ている。

久しぶりの学園ドラマだ。きちんと数えたわけではないけれど、肌感覚として、ものすごく久しぶりに青春学園ドラマを受容している。

 

学園ドラマは学園映画に移行したと思う。

若者のテレビ離れだとか、高齢化だとか、話が大きすぎてあまりピンと来ていなかったけど、ここ数年で確実にゴールデンの学園ドラマは減っていて、代わりに出てきたのがドラマみたいな映画だ。(批判しているわけではなく)

お金を出して、短期集中でお客さんを集めることはできても、皆で見るテレビの世界に、学園物はいまはあまりない。

 

今日の「時をかける少女」はとてもよかった。過ぎていく夏の、かなわない恋。ファンタジーな方法だけど、その恋をなんとか守ろうとする主人公の葛藤。

初回では少しずれたイケメン教師でしかなかったシゲ先生が、大人としての分別がありつつ、生徒たちに優しい眼差しを持つ、ぐっと魅力的な男に見えた。

時かけ2話墜ちのシゲ担ってきっといると思う。会いたい。

菊池風磨演じる未来人も、物語の青春という時間の有限さをうまく醸し出している。

 

「昨日のテレビ見た?」の話でも綴ったが、お金にならなくても、青春時代にドラマは必要だ。10秒のおもしろ画像も、連写の中の奇跡の一枚もいいけれど、大衆的で続きがすぐに手に入らない、そんな人様の嘘の生きざまを覗く学園ドラマも、悪くない。

これから日が短くなり、だけど暑さは勝る。そんな始まりながら終わる日本の夏にぴったりの空気感のドラマに出会えて、少しうれしい。

 

 

今も「昨日のテレビ観た?」って会話はあるのだろうかという話

ミーハーとは、世の中の流行や芸能人の動静に今まで無知の人が熱中したり、影響を受け知ったかぶりの行為をする者(主に若年の女性)に対しての呼称である。 通常はカタカナで「ミーハー」と表記するが、かつてはみいはあ、みいはあ族などと呼ばれた事もあった。

ミーハー - Wikipedia

 
今日は少し、回顧BBA的な話をする。
 
ミーハーって、マイナスの意味でつかわれることが多い言葉だが私は好きだ。
流行り物にすぐさま飛びつく、今まで知らなかったけれど世間が飛びついた瞬間に群がる。
流行って、時代って、そんなミーハーから作られる。
 
私は自分がミーハー、が存在していた最後の世代だと勝手に思っている。
言い換えれば、「昨日のテレビ観た?」が通用する最後の世代。
もしこれを読んでいるU20の方がいたら、学生時代や今、友人とそんな会話をするか教えてほしい。
 
何でも手に入るという事は、何にも希少価値がないという事だ。今、映像に関してはこれが言えると思っている。
私が学生のころは、まだVHSの時代だった。VHSは今じゃ考えられないが、1本で2時間しか録画ができない。(画質を落として3倍録画をすると6時間録れるけど、今じゃ考えられないほど画質は粗い)
24時間テレビを良画質で録画しようものなら12回テープを替えなくてはならない。とんだオタク泣かせだ。
最近、半日の生放送歌番組が恒例化してきたのは、自由に長時間録画できるHDD/BD レコーダーの普及が背景にあるだろう。
 
しかしそんな視聴ハードルが高い時代の方が、真剣にテレビを見ていたと思う。
「昨日のテレビ観た?」
が語れるのは、テレビ以外がそんなにないからだった。スマホも、タブレットも、You Tubeも。皆無じゃないけど、力はなかった。You Tubeとか10分が限界の時代だった。
だいたい、上記の会話の「テレビ」は特定の番組を指していて、みんな見ているのが当たり前で。
竜か隼人か、類か司か、佐野か中津か。
みんなが知ってる。みんなが夢中になってる。そんな、教室全体に熱量があふれている空間が大好きだった。その熱をもっと近くで感じたい。
そんな思いでふらふらとエンターテインメントの世界に近づいて、コンサートに行って、舞台に行って。
そしたらいつの間にか、ミーハーは姿を消して、オタクの自分が残っていた。
 
見損ねてもどっかに画像が上がっているだろう。その今の考えが悪いわけではなくて、希少価値が薄れると、必然的に画面の力も弱まってしまう。
今、この瞬間だけ。一週間のこの一時間だけ。頭の中のカレンダーで、きらりと光る時間帯がある。
そんな毎日が凄く楽しかった。
これからは、みんなが面白いと言っているから見て見よう、各方面の感度の高いオタクが面白いものは拾って、場合によってはVine
ツイッターであげてくれるだろうから、それを観ればいいってなっていくのだろうか。
効率は良いけれど、同時に同じものを楽しんでいる様子が目に見えるし、一体感もあると言えばあるんだけど、どこか、寂しい。
 
もしかしたら、皮肉な話だけれど「今日は帰ってテレビ見るから上がります」が最後に日本中で発生したのは、あのSMAP×SMAP生放送のあった1月18日の夜なのかもしれない。
あの時、決して決していい気持ちはしなかったけど、今でも辛くて腹は立つけど、同時性、皆が同じことに関心を持っている熱、を久しぶりに感じた。
 
映像の量が増えたことも、それ故にあり方が変わったことも仕方ない。もちろん、それによるメリットもある。
でも、日本中がオンタイムで見ないと気が済まない、うずうずして仕方なくなるような、そんな嘘の世界がテレビで流れる時が来てほしい。
 
 
 
 

Power of Paradiseの話

嵐の新曲、「Power of Paradise」が本日初披露された。

 

うるさいほどの静寂に 誰も入り込めはしないよ

 

この歌詞が一番好きだ。

うるさい、と静寂、は一見矛盾している。

しかし、うるさいほどの歓声の中で、自分の心は集中して静まり返っている。

その心には、どんなに声を上げ応援している観衆も入り込めはしない。

私はそんな意味だと解釈した。

 

オリンピックのフィールドで戦う選手たちにぴったりの歌詞だ。

そしてコンサートで披露されれば、彼ら嵐に対しての、大好きで大好きで、でもこの大きすぎる世界に立つ者の気持ちには、誰も本当に入り込めはしない、という切なくも更に愛おしさを感じる歌詞として聞くことができるだろう。

 

現場への参加スタンスの話

バイバイ上半期。ハロー7月。

2016年上半期が終わった。しばらく、自分の現場参加歴と参加姿勢について振り返ってみようと思う。

 

私は一つだけ、現場に参加するにあたって心に留めていることがある。それは、「今日が人生で一番幸せな日である人が、この中にきっといる」ということだ。

 

現場に思いを馳せる時にはよく、「蚊になりたい」と思う。蚊だったら、どんなに入場規制の厳しい現場でも、自由に参加できるのに。海外にだって、最前列にだって、いとも簡単に行けるのに。それくらいに、例えばあの回転扉の外と中は、近くて遠い。

 

どんな現場でも、ほっそ長い紙切れを手にし、たった数人の目視を通過し、ほんの小さなパーソナルスペースを手に入れることに、どれだけの苦労がいることか。それが少しでも前に、通路側に、右に、左に、好きなあの人がもっと良く見える場所だったら、どんなにうれしいことか。

自分と直接の関わりのない人に対してなのに、こんなにも夢中に、必死になっている。

 

私には、自分にとって最高の、今までの人生で今日が一番幸せだ、と迷いなく思えた現場が、確かにある。だから、自分が主で暮らしている畑以外でも、幸運にもその小さなパーソナルスペースを頂けたときは、めいっぱい楽しんで、空気を吸って、その熱気を、パフォーマンスを、堪能したいと思っている。

 

今日も、明日も、どこかの現場で、「人生で一番幸せな今日」が生まれているかもしれないと思うと、少しだけ幸せな気分になる。