根も葉もある嘘八百

光れ 光れ その先に何があっても

最後の笑顔

目が覚める。枕もとの携帯で時間を確かめる。午前7時15分。いつもアラームを2回止めると、この時間だった。もうそんな必要もないのに。目をこすって天井を見上げる。ライトグレーの壁が目に入る。もう少し寝ようか。でも、眠れそうにないことはわかっていた。ベッドを出て階段を降りる。少し体が重い。

もう人の目を気にする必要も、食事のバランスに気を付ける必要も、毎日筋トレする必要もない。そんな一つ一つの仕草をいつものように自然にしてしまっては、「そっか、もう必要ないんだ」と気づいて力が抜ける。

僕がいたところは特別な場所だったんだ。「普通の人」のように電車に揺られ、ファストフードを選び、ぼぅっと窓の外を見つめる。いつものクセで深く被っていた帽子を外してみる。外の光がまぶしい。誰も自分に声をかける人もいない。まぁ、そうだよな、なんて思いながら、どこからか心に冷たい風が吹いた。

バックの底から、少し端の折れたハガキがでてくる。だいだい色のドット柄。そういえば自分のメンバーカラーはオレンジだったっけ。普段は黒しか身に付けないのに。丸い文字で書いた「いつも、応援しています(*^-^)ーーくんの笑顔が大好きです…!!」の一文を見ているうちに、視界がぼやけてくる。なんでこんなことで泣いてるんだろう。

なんだか急に背筋が伸びた。スクランブル交差点を歩く。少しノイズがかったスピーカーから聞こえてくるのは、つい一ヶ月前まで一緒に踊っていたアイツの声だった。相変わらず、高音になると声がかすれる。ふっと口元が緩んだ。

 

 

 

靴ひもを結んだ これは新しい靴
どこにでも行けるさ でもまだ馴染まない

靴擦れのように胸がズキズキと痛むよ なぜだろう?
何かが足りないな 僕の隣
君の手握っていた 毎日は当たり前じゃなかったと知ったよ

無理して笑って歩き出すよ 笑顔が素敵って言ってくれた
君が嘘つきにならないようにね
笑顔で歩くよ 君のいない道
miss you

靴ひもがほどけた それは僕らみたい
どちらかを引っ張ると 結び目はほどける
時間ってさ思い出をキラキラと美化して困っちゃうね

あの時公園で待ち合わせた
君の目潤んでいた 最後は笑顔と約束したのにな

無理して黙ってさよならしよう 強い人ねって言ってくれた
君にいいとこ最後も見せたいから
胸張って歩くよ 潤んだ瞳で
miss you

君のいない日々 慣れてしまいそうだよ
まいったな それでも 街で君を探してしまうよ

無理して笑って歩き出すよ 笑顔が素敵って言ってくれた
君が嘘つきにならないようにね
笑顔で歩くよ 一人でも

無理して黙ってさよならしよう 強い人ねって言ってくれた
君にいいとこ最後も見せたいから
胸張って歩くよ 潤んだ瞳で
miss you

 

あとがき

Sexy Zoneの「最後の笑顔」

一番最初に聞いた時から、私にはこの曲がアイドルをやめた男の子の話に聞こえました。

「君」はずっとささえてくれたファンを、「素敵」と褒められたのは彼が舞台の上で振りまいた、キラキラと粉のかかった笑顔なのだと、勝手な解釈ですが、そう思いました。

だから、「笑顔が素敵って言ってくれた 君が嘘つきにならないようにね」という歌詞にはどうしても泣けてきます。「君」は僕をもう覚えていないかもしれない、それとも、急にいなくなったことに悲嘆して泣いているかもしれない。でも、僕はあの時ほめてくれた「君」を嘘つきにしないために前に進む、そんな瞬間があるとしたら、きっと彼らが輝いていた瞬間はいつまでも、いつまでもあったということになるんじゃないのかなと願ってしまうから。

そして彼は「無理して」笑って歩き出す。過去の痛みに、今の新しさに、まだ慣れていない。でも最後に、高らかに、本当に明るくmiss youと歌い上げる。音で聞くと、語尾に!がついて聴こえるくらいに元気のいい歌い方なんですよね。直訳したら、君が恋しいぜ!そうやって明るく後ろを振り向けるということは却って、もう舞台には戻らないんだろうなという気持ちが、伝わってくる。


人が人である以上、まるで人ではないかのように煌めき続けることは、そもそもが難しい。時間を、プライドを、欲望を捨て、それでも手にしたいと思うものがあるときや、それでも何かに手を伸ばさないと立てない境遇にいるとき、その道を進み続けて何かにたどり着けたごくわずかな人が、人ではなくなり人の心を動かすことができる。でもそこまでの献身をしたところで、永遠にそんな美しい関係を続けることは、できないんですよね。だって、時間は止まらないから。だけど時間が進むということと、永遠は可能になるという願いを一緒に虹のように空に投げて描くのが、きっとアイドルという存在なんだと、私は思います。

全ての輝きが、ちゃんとあなたと、あなたにとってのキミの足跡になっているよ、そうすべてのアイドルと彼らを見つめる人に伝えたくて、この話を書きました。

私がアイドルを初めて知った時

その日私は、ただぼうっとテレビを見ていた。あれはいつのころだっただろう。小学生になるかならないか、それくらいの幼い時期だった気がする。

画面の中から、軽快な音楽が聞こえる。それはどこかで聞いたことのあるメロディーで、数フレーズ流れたあと、また別の曲に変わる。今度はミディアムのバラードだ。この曲も、冬の時期によく聞いたことがある。画面に目を向ける。まっすぐな目で歌い踊る男性が、映し出されている。その中の一人は、私が毎週楽しみにしているバラエティー番組のレギュラーだった。その番組は全国から探し出した逸品を2種紹介し、出演者がどちらが食べたいかを投票する。多数決で多かったメニューを選んだものだけが食べることができる。単純なルールだが、私はその番組が大好きだった。番組内でいつも周囲の予想を裏切る投票をして、勝ったときは恨み言を言われ、負けては笑いものになっているのが、まさに画面の中でタップダンスをしている彼だった。

この人歌って踊れるんだ。新鮮な驚きが自分の中に走った。たしかに聞いたことのある、もしかしたら知らずに口ずさんだこともあるかもしれないポップなメロディーと、その彼が全く結び付いていなかった。

かっこいいな。思えば、その日は初めてかっこいいという言葉の意味を知った日かもしれない。

楽曲が一通り流れた後、さっきまで真剣な顔で歌っていた男性たちが笑顔で語り掛けてきた。

「みなさんこんばんはー!」

眩しい。まるで太陽、のような明るさだった。ドキッとした。それが異性に対するときめきだったのかはわからない。ただ胸が動くことを、ドキッとするというのは心臓が動くからなんだろうな、こんなにも一つのものから目を離せなくなるからなんだ。そんなことを知った。

メンバーの1人が30歳になった、という話をしていた。無邪気な笑顔を浮かべる、まるで子供のように無邪気な笑顔の青年が、30歳になったばかりの彼に言う、「おじさんっ!!」

「お前、いまおじさんっつったな!」すぐさま青年は頭をとらえられ髪をかきむしられていた。みんなわらっている。でも彼は、私のそれまでに知っているおじさん、という存在とはあまりにも明るく、弾んでいて、かけ離れていた。

カッコいいな。誰か一人にではない、何だかその空気に、画面に対してぼんやりと心で投げた。

 

私は幼いころ、時間が過ぎるのがどうしようもなく怖かった。夏、コンビニでペットボトルを買っては、冷たいうちに大急ぎで飲み干した。ぬるくなったものを感じるのがこわくて。時間が過ぎること、そのものの最高の状態がなくなってしまうことが、見たくなくて、何かにずっと焦っていた。

人が年を取ることにも同じものを感じていた。30歳を迎えたメンバーをおじさん、という彼らを見て、彼はちっともくすんでは見えないけれど、30歳、とは決して褒められた年齢ではないのかなと思った。みんなが30歳、になってしまったら彼らはかっこいい、ではなくなってしまうのかな。こわい、こわい。いかないで。自分と話したことのある家族でも、友達でもないのに、そんな焦りが自分の中に浮かんだ。

若さをカッコいい、というのなら、画面に映っていたもっと昔の映像の方がカッコよかったのかもしれない。でも、その時ふざけながら、笑いながら語る当時の姿が、その時の「今」が一番カッコよく見えた。

 

本当に、あれはいつのことだったんだろう。

薄暗闇の中に座りながら、ふとその幼い日を思い出す。隣に座る女の子の手には、大きなうちわ。「大好き♥」蛍光色で縁取られた文字は、今にも声で聞こえてきそうな気がした。

 

あの時見つけたカッコいい彼らは、どこかにいってしまった。私の焦りとは裏腹に、彼らは年齢なんてお構いなしにカッコいい、を更新し続け、ある日突然、いなくなった。なぜ、どこにいってしまったのかはわからない。わからなくていいとも思う。でも、絶対あったのだ。触れていなくても、会話していなくても。

夢のようなキラキラした何かを、確かに私は見つけた。

 

ダンッ、と低い音がして、周囲が真っ暗になる。それも一瞬のことで、周囲に色とりどりの光が灯る。ピンク、黄色、赤、青、オレンジ———

幕が、開く。

キャー!!!!耳がびくんっとするくらいの嬌声に包まれ、シルエットが映し出される。私は今、何に手を振っているんだろう。憧れ、神様、それとも…生贄?

きっと手を振る限りこの夢は終わらない、終われないんだろう。

あの時見つけたキラキラを、私はきっと今もこれからも、追いかけ続ける。

 

 

運命なのか宿命なのか

真っ白な紙に文字を書きなぐってたらいつの間にかめっちゃ斜めになっていた!みたいな現象にいつもなる。要は、何を見ていても結局速水ヒロに繋げてしまう。

本日の戯言を少し落とさせてほしい。

私は朝井リョウさんが中島健人さんを称した「信じている神が違う」という言葉が大好きなのだけど、今朝羽生結弦さんのインタビューを見て同じ言葉を思い出した。

目指している目標が違う、モチベーションが違う、色んな言い方はできるけれどこの言葉が最もしっくりくる。

ところで神ってなんだろう。(注:私は無宗教かつほどほどに睡眠はとっている、頭が沸騰しているわけではない、たぶん)

そう考えていたら突然頭の中に王位戴冠をする速水ヒロが浮かんだ。

王座への階段を昇るあの時プリズムの女神が見えることはどうも聖や山田さんの経験上はないらしい。皆が見えるわけではないのだ。

それなのに速水ヒロはプリズムの女神を前にしても一切に動じない。この姿もフリーの演技を終えた後、勝利を確信していた速水ヒロと重なるものがある。

「アイ・アム・キング・オブ・プリズム!!!」と宣言するところにどうしようもなく痺れるのですが、I amなんですよね。I getでも、I winでもなく。

つまり速水ヒロはプリズムの煌めきと、プリズムワールドと同化しているんですよ。この宣言は他のプリズムキングにはなかったんじゃないかな。

ここから先は想像も含めますが、聖はその煌めきの美しさゆえに王座に立てた。山田さんはビジュアルとゆるやかなセンスゆえに王座を手にした。仁は…ここでは語り切れないので割愛する。

アイ・アムと言えるある種のトランス感、そして王座への迷いなき確信はあの時の速水ヒロならではのものじゃないか。

プリズムの煌めきを愛するだけでも、努力を惜しまないだけでもなく、プリズムショーに出会っていなければきっとミスターコンに出ていたずらに自己顕示をするわけでもなかった速水ヒロだからこそ、

あの時点でプリズムの女神を見据え、王位戴冠ができたのではないだろうか。速水ヒロとプリズムショーとの出会いは、運命だったと思いたい。

追伸 よく推しへの愛から「お母さんこの子を産んでくれてありがとう!」ってよく言いますけど、速水ヒロさんの場合この言葉だとなんだかうわぁ・・・となるものがあって、「生まれてきてくれてありがとう」

と心でつぶやくようにしている

私はあなたに逢いにいく~オタクにこそ見てほしい映画「今夜、ロマンス劇場で」~

 

 映画「今夜、ロマンス劇場で」を鑑賞してきた。冒頭から涙が止まらず、よく「5分に一度は泣ける」、なんてコピーをどんなお花畑だよ、と笑っていたが本当にあるのだと知った。

この映画はラブストーリーでありながら、それ以上の価値がある。憧れと幻想を抱きエンターテインメントに手を伸ばす多くのものへの慈しみと言える作品だ。

(以下ネタバレを含みます)

 

主人公の牧野健司は、さえない映画会社の助監督。ある日古い映画の中のお姫様、美雪に一目惚れし毎日のように彼女を観ている。この映画が、予告やポスターではまるでローマの休日かのような華やかな作品に見えて、一見して誰もがC級作品と分かるようなミスマッチな冒険活劇なのだ。お姫様が槍を持ち、ハリボテ級の着ぐるみの動物三銃士とともにお城を出て暴れまわる。多くの作品の中から忘れられていくことに疑念を持ちようがない代物だ。作中の滑り具合と時代の流れとともにその映画をみる観客が減り、フィルムに「廃棄」のスタンプが押され倉庫に眠らされる描写がなんとも切ない。自分はこのシーンから涙腺が刺激された。

その忘れられた作品を偶然倉庫から見つけ出し、映写機にかける健司。彼は、彼女を見つけたのだ。

 

健司は作中の美雪を誰もが憧れる自社の社長令嬢、塔子よりも美しいとにやけ、飲みや女遊びにも興味を示さず彼女の映画を街の小さな映画館、「ロマンス座」にて毎晩自分だけのために上映する。それにやれやれと付き合い、お代を取りながらも劇場を明け渡す柄本明演じる館主の優しさもとてもいい。

しかし、その映画は古物収集家の目に留まり売られることが決まってしまう。最後の日と惜しみながら映画を見つめる健司。その時空に雷鳴が轟き、停電かと思った矢先目の前に現れたのは、モノクロの姿の美雪であった。と、ここはおとぎ話のシナリオさながらである。

素晴らしいのは、その先の細かな設定だ。

まず、美雪はあくまで映画のお姫様として最後までたたずむ。当然、彼女を演じる女優、がいるはずなのだがそこには「とうの昔に亡くなった」という事実以外一切言及がされない。人気女優であったのか、すぐに消えてしまったのかさえ分からない。映画の評価具合といい、名を馳せた看板女優ではなかったと思われるが。

彼女は作品のお姫様、として存在し続けるだけではなく、自分の立場もわかっている。物語序盤で美雪は言う。「私は、人に楽しまれるために生み出された存在だ」と。作られた生き物であることを理解しているのだ。これが後の、彼女がこの世界に来た理由にも大きくつながり、私はその設定に完全に心打たれてしまった。

 

最初は戸惑いながらも、ペンキでモノクロの身体に色を塗り、何とか現実世界に馴染ませ健司と生活をする美雪。多くのトラブルを巻き起こしながらも、二人の距離は自然と縮まっていく。

そして健司は、美雪にこれから先もずっと一緒にいて欲しいと告白をする。しかし彼女には彼の気持ちに応えられない理由があった。

美雪は、現実世界に飛び込む代償として「人の温もりに触れると消えてしまう」という秘密を抱えていたのだ。なぜそこまでして次元を越えたのか問いただす健司に美雪は応える。

―自分は人に楽しまれるために生み出された存在だ。昔は自分を観に多くの人が訪れた。それが時とともに減っていき、いつの間にか誰もいなくなってしまった。仕方ないことだと分かっていた。でも、寂しかった。そんなとき、お前が見つけてくれた。それなのに、もうお前に会えなくなると知って、一目逢いに行きたかった。お前に、「見つけてくれてありがとう」と伝えたかった。

と。

このシーンは、思い出すだけで今も涙が出る。

人は勝手に画面の向こうの世界に憧れを投じ、愛を投げかける。時がたてば勝手に忘れ、また新しいものを探し始める。向こうの世界には手が届かない、誰も気づいてはいない、そう思っているから。

でも、もし、彼ら彼女たちが見ていたら?触れられないけど、いやだからこそ「見つけてくれて、ありがとう」と思ってくれていたら?

 

そして結末もまた、秀逸かつ救いに満ち溢れている。

秘密を打ち明けてから、彼女を失わないため、傷つけないために触れないよう気を遣う健司。そんな気遣いに好きだからこそ耐えられなくなり、彼の元を去ろうとする美雪。せめて最後に抱きしめてほしいと懇願する美雪に健司は向き合い、彼女の肩に手を伸ばす。

ここで一度物語は止まる。現代の老いた健司と病室で話をする看護師、天音。

「その先はどうなってしまったのか、先を教えてほしい」と天音が泣きじゃくる。

…この先はぜひ劇場で見てほしい。公開時期が過ぎてから、加筆したい。

私は尊敬するとすぐフルネームで呼びたがる

呟くには長すぎるけど、ブログにするにはやや短い速水ヒロについての話をします。


私、プリリズでなるちゃんに顎クイするヒロさまが、大好きなんです。
速水ヒロのすごいところは、一人に深入りしないのに一人だけのために、存在できること。おばあちゃんにはいつもより大きい声で話しかけるし、女児にはしゃがんで目を合わせ微笑む。なんてったって獣もオンナにするアイドルだからね。速水ヒロが目の前で笑った瞬間にみんなティアラをつけたお姫様になるんですよ。これが個性を重んじながらも、キミだけ、をみながらも相手を残酷なまでに平均化している速水ヒロの魔法だ。こういうことは意識的にだけではできない、才能だと思う。
でも、なるちゃんに顎クイしたときのヒロさまは相手をキミ、としてみていない。コウジを追っている子がいるのが気にくわなくて実に機械的に墜としにかかっている。だからいつもより色気多目に出してる。動作が素早い。こういう手法が取れるのは彼が仁のもとにいたからだなと思う。心のこもってない動作なのに端から端まで美しい。そこは変わらない、変えられない。絶対アイドルの俺、に見つめられたらイチコロでしょう?って。動作は紳士だけどその心はめっちゃ乱暴だ。そしてこれはコウジへの意識以外の何物でもないんですよね。コウジが絡んでなければ森のくまさんにだってキミだけ、のためのファンサをするんですよ速水ヒロは。もちろんそこまでして相手を墜とすのは俺が一番、というprideも共存はしているはずで、そこも含めて好きなんですけど。

私はあの世界にいたら、あれほどの速水ヒロを揺さぶるこいつはなんなんだ?という視点で神浜コウジを見る。だってNYでふらついてるゴシップ絶対出てるし過去の確執も失踪の原因がコウジを失ったショックなことも噂になってないはずないじゃん。だから正確には私は神浜コウジのことを見ちゃいない。でもその探求心故に胡麻油をかけるクッキングコーナー毎日見てるしWOO WAR WORLDのサントラ借りるし結果不本意なくらいに神浜コウジに詳しいと思う。

To The TOP

フィギュアスケートは、答えを手にできる魔法だ。
氷上には音があり、跳躍があり、幻想的な世界が広がる。選手たちも観客と同じようにその世界に魅せられ、滑りを始める。
一方でそれは、点がつき、順位が決まる、競技としての側面を持つ。そのため体力を、技術難度を求められ、いつまでもそこに立ち続けることは難しい。個性があれば赦される、わけではない。
しかし、だからこそ、一番が目に見えて取れる。正解がある。
観客はその頂に上る姿を求め、喝采を送る。頂上から見える景色は、どんなにか美しいだろう。

羽生結弦選手、金メダル獲得おめでとうございます。

不可能みたいな奇跡を起こせ

アイドルは奇跡を起こそうとする生き物だ。

でも、奇跡は起きた瞬間から奇跡じゃなくなる。

 

今日は先日実写化の発表された漫画、ドルメンXの話をします。

(結末ネタバレを含みます)


私はこの漫画を2.5次元の世界を描いたものと解釈し読んでいた。なぜなら明らかにモチーフのある2.5次元舞台の中で主人公たちは成長し、生々しい葛藤、嫉妬、挫折を味わいながら成長する物語だからだ。カノバレ、SNSなどのディープさはアイドルの煌めきというよりも体温のある2.5次元に近いとおもいつつその面白さに惹かれ読んでいた。

しかし違った。これは確かに、アイドルの男=ドルメンの話だった。

 

早速結末をネタバレする。

アイドルになることで地球侵略を試みる宇宙人集団ドルメンXは、ついにトップアイドルとなり東京ドームを満員にする。その隣には隊長と意気投合し途中からグループに加入した、人間の修吾もいた。
時は流れる。
人として年を重ねる修吾と宇宙人のため年を取らないドルメンXの4人。両者の溝は埋められないものとなり修吾はグループから脱退する。
しかし4人は修吾を忘れられない。とりわけ隊長は修吾をステージに呼び戻したいと譲らない。そして、ワールドツアーを目前に控えたドルメンXは修吾との対バンを宣言。修吾はステージに現れる。老いを隠さず、それでいて力強さを見せつける修吾のパフォーマンス。共に年を取ってきたファンは、自分の道のりを重ねられる修吾に勝利を与える。敗北を認め消滅しようとするドルメンX。しかし、修吾は自分が死ぬまで消えるのを待てと言う。ファンも、ドルメンXにも、また立ち続けて欲しいと願う。彼らはアイドルとして地球を征服し続ける道を選んだ。
さらに時は流れる。ドルメンXは昨日のテレビ、にも街で耳にする音楽、にも存在し続けていた。かねてから想いを寄せていたヨイを久々のオフに食事へ誘う隊長。しかしヨイは作品冒頭から応援し続けていたアイドル、MANABUの還暦ディナーショーを優先させるのだった。ここで物語は終わる。

 

修吾は人間で、正解だ。老いを隠さず、武器にすることで聴衆の心をつかみ、自らもステージに堂々と立ち続ける。眩しすぎるほどの存在だ。

しかし私は、ドルメンXを残した、この結末にこそ触れたい。
彼らは宇宙人のため、年を取らない。これは現実では不可能だ。

でも彼らこそが、現実世界のアイドルを描写した存在だとも考える。普通に年をとりたくても、取れない。どこか時を止められた存在。

そして、年をとらなけらば、見た目が若く美しくいれば、いつまでもトップアイドルでいられるか?私は違うと思う。
ドルメンXが高みを目指せば目指すほど、彼らに憧れて高みを目指す人間が現れる。

最終話で2代目ドルメンXのオーディションが行われている、しかもヨイが選考しているところもなかなかに重い。もちろん2代目は人間で、歳をとるのだから。
人はいつだって新鮮味を求める。どんなにすごいものでもその存在になれてしまえば驚いたり有り難がったりしない。そして失いそうになってはじめて、その大切さに気づく。対バンに負けたドルメンXを引き留めたファンのように。

すごく意地悪な話をする。対バンがもし、負けたら引退、がかかっていたとしても観客は修吾を勝たせただろうし、そのくせドルメンXの解散に反対しただろう。また、安心するのは修吾!といったのもつかの間、修吾のことをオッサンだと笑うだろう。(笑われてもせやで!とにかっと歯を見せそうな修吾が好きだ)
新鮮味を感じさせるのが、見たことのない世界を見せるのがアイドルだから。だからいつまでも、世間の大舞台に立ち続けるドルメンXの結末は不可能に近い奇跡なんだ。

結末などただの漫画の大団円だよと言う人もいるかもしれない。しかしこの4巻の中で描かれた、挫折や甲藤の容赦のなさを思うと、私はめでたしめでたしにまとめる為だけのラストとは思えない。

彼らが消える結末は十分にあり得ただろう。アイドルじゃ人間には勝てない、でも今度こそ…!?と新しい世界に行き、こんどは芸術家になろうとしたり、マジシャンを目指してみたり。でもそうせず、アイドルで居続けるラストにしたことは、作者のアイドルと言う存在への喝采だと、信じたい。

 

ここからは余談ですが、私は隊長がキャラの中で一番好きです。隊長がただのカリスマになんでもできる美形だったら興味を持たないけど、ジャグリング下手くそだから好きです。それでいて人一倍練習して、人一倍練習を経験できることを強みだと思っていて、でもそこにどうだ俺は正しいだろうという自己顕示ではなく本当に努力できることを喜んでいる突き抜けたズレがあるから、きっとあの世界の私は隊長のうちわを持っている。(でも修吾のリサイタルにも行く。)